苛烈にて、熾烈にて、猛烈な一撃を受けてしまった。
腹に風穴が空いたようだ。
空洞から、私を私たらしめているものが零れ落ちていく。
周囲の仲間たちが私の名を呼んでいるような気がするが、その声が届くのは耳までで頭までは届いてこない。
魔神柱……と言ったか。
魔術王ソロモンの使いたる者の力は陣地を遥かに上回っている。
石を思わせる白い柱に走る、幾筋もの赤き脈動。
その中ごろに浮かぶ、脈動と同じ色の正八面体は宝石のようにも見えたが、その奥で漆黒が騒々しく動き回っていることから目であることが分かった。
あれは、破壊をもたらすものだ。
私には、分かってしまう。
あれは、私と同じ赤い瞳を持っているから。
……ぐらり、と力を失った体が倒れていく。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
背中からゆっくりと、痩せた大地に向かっていく。
ああ……この身から血液でも流れた物ならば。
私の血を糧に花の一つでも咲いたのならば。
私は、この世界に何かを残したと言えるのに。
思考が薄くなっていく実感がある。
頭の中が透き通っていって、ただ視線の先の景色だけが、冷たく、暖かく染みていく。
酷く遅く流れるこの時間は、私が最後に見る物を、この目に焼き付ける為にあるようだ。
夜空に浮かぶ、丸いお月様。
そういえば今年は、お団子を食べていないな――
「アルテラは月が好きなのか?」
はて、いつの記憶だ?
いつだっただろうな。
思い出せないが、私がどこか森の中で、生い茂る木々の葉の僅かな隙間から月を眺めていた時の事だ。
我がマスター。
燃え尽きた人類史を救うために戦う少年が、私にそう尋ねた。
「……さて、な。分からない、が。たまに、月を見上げたくなる。見ていると落ち着く」
私は彼の姿も見ず、月に視線をやったままそう答えた。
人付き合いが得意ではないとはいえ、これは良くなかったと思う。
だが、マスターは気にも留めず私の横に並んだ。
皆同じことを感じているのであろうが。
私のような女に時間を割くあたり、この男はどこまでも、人間が好きであるらしい。
「何故だ?」
「俺達は狂った人類史を正すために戦ってる。この戦いの過程で誰かを助けても、無かったことになるから誰も覚えていない。感謝して欲しくてやってる訳じゃないし、それが無駄だなんて思わないけど、寂しく感じることもある。でも……月は、いつでも、どんな場所でも同じ姿で見えるから。いつも俺達の事を見守ってくれているような、そんな気がするんだ」
「……とんだロマンチストだな、お前は」
「かもしれない」
私はその時、呆れたのだったか、驚いたのだったか。
ようやく隣の男に視線をやった時、彼が苦笑を浮かべていたことは覚えている。
月が、私達を見守っている。
……何故か、その言葉をとても暖かく感じたことも、覚えている。
~~
最期の瞬間に、月を見たから?
月にまつわる記憶が呼び起された?
いや、違う。
私は、月に何かを感じている。
破壊しかもたらさぬこの身の奥底が、月に、私自身にも分からない想いを馳せている。
月に、何がある?
月には、一体何があったんだろうか――。
……誰の声だ?
男の物か、女の物かも分からない。
マスターの声ではない。
私の記憶にある誰の声でもない。
でも、確かにその声は私の胸に届いて、温かい。
……温かい?
声が聞こえて、何故温かい?
私は……この声に、比類なき喜びを、感じている……!?
(――は、アルテラのマスターだから。最期まで、一緒にいる。例え、どんな最期を迎えようと……!)
何だ?
何だこの記憶は?
お前は、誰だ?
私の胸を揺らし、心を高ぶらせる、この暖かい声を持つお前は、一体――。
でも、それでいて温かくて、生きていた。
私はその声を知っている。
私はその暖かさを知っている。
そうだ、お前は。
私は……私、の。
人間、いや地球上の生物ですらない怪物の、人類の敵である私を、無理に人間として扱いなどせずに、破壊の怪物であることを理解した上で。
怪物と、向かい合ってくれた人。
怪物と人間として、関係性を始めてくれた人。
私と共に月を駆けた……私の、初めてのマスター。
視界の全てを、濁り一つない純白が塗り潰す。
それはきっと強烈な閃光であるはずだが、私には柔らかで、心地良さすら感じられた。
その純白の中に、うっすらと人影が浮かび上がる。
光に掻き消えてしまいそうな、か細い灰色が私の目の前に現れて、私の左手を取った。
この行為にも、覚えがある。
私の手を優しく持ち上げた人影は、反対の手で私の左手、その薬指をそっと撫でると。
嵌めた。
地上の全て。
全ての生命、全ての生態、生命の誕生、進化、人類の発生、文明の拡大、歴史、思想、そして魂を。
観測し続ける、神の頭脳、神のキャンパス。
ムーンセル・オートマトンの力を引き出すための鍵。
レガリアと言う名の、指輪。
私が奪い去った物。
私が受け取った物。
そして、私が託した物。
その、偽物だ。
嵌めれば分かる。
見た目は同じだが、何の力も秘めてはいない。
月の力を引き出すことも、魔翌力供給が行われることも無い。
ああ――涙が止まらない。
この世界に、ムーンセルは無いと言うのに。
それでもお前は……世界の壁を越え、イフの中に飛び込んでまで、これを渡しに来たのか。
そうか。
お前は……あなたは。
今でも、私を見守っているのですね。
我が虜。
私を虜にした、あなた。
私の、虜(マスター)。
私は左手の薬指の中で鈍く煌めくレガリアに、そっと唇で触れた。
聞き間違えはしない。
これは今現在の私のマスター、人類最後のマスターの声だ。
光が晴れていた。
気が付けば私は立ち上がっていて、右手に軍神の剣を握っていた。
どんな手品か、腹の傷も癒えている。
左手の薬指をなぞる。
そこには確かに、何の魔翌力も無いただの鉄の輪があった。
「マスター。皆を下がらせろ」
「アルテラ、大丈夫なのか!?」
「ああ。だから、皆を下がらせろ。令呪を使え。3秒で終わらせる」
マスターは私が、確かに致命傷を受けたはずの私が平然と立ち上がっていることに困惑を感じているようだったが、すぐに頷いてくれた。
正直、この姿の私は口下手であるので、委細聞かれた場合上手く説明できない。
だから、話の早い男で助かった。
マスターの手の甲に刻まれた令呪が紅く発光し、魔神柱と戦っていたはずのサーヴァント達が目の前に現れる。
「魔術師殿!? これは……!?」
「アルテラ!」
「任せろ」
説明をしている時間はない。
いや、時間を貰っても出来ないが。
私は剣を握る手首を逆さに返す。
剣の柄を、夜空に向ける。
剣の柄から、赤い光線が一筋。
空へと伸びていく。
その光線は上空で弾け、夜空に数多の魔術式を浮かび上がらせる。
「発射まで2秒」
剣を振るう。
展開した魔術式の更に上方、遥か彼方から光が降り注ぐ。
その光は魔術式に触れた瞬間、増大。
爆発的にその太さを、濃度を、速度を増加させ、地上に降り注ぐ。
「涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)!」
そう。
この光こそが、真の軍神の剣。
地上全てを焼き払う、光の柱。
その中で、魔神柱が呑まれ、崩れ、焼かれ、構成していたものの欠片も残さず消滅していく。
……一瞬でも、イレギュラーな形でも、月と繋がったことで、本体同調率が上がったか?
いや……そんなことはどうでもいい。
私の薬指には、世界を超えた奇跡そのものがあるのだから。
虜への想いで、肉体の限界を超える。
そういうことがあってもいいだろう。
世界には、人間には、那由多の可能性と、選択肢があるのだから。
……そうでしょう、我が虜?
読んでくださった方がおられましたらありがとうございました
エクステラ面白いかもしれないですね
FGO
ぐだお「デオンが一緒にお風呂に入ろうとしてくる」
ぐだお「修羅場回避のためと騙されて女性陣とお酒を飲む話」
沖田「名前で呼んでください。マスター」
ぐだお「アリス・イン・ワンダーランド?」
ぐだお「カエサル、ハサン、小次郎……みんな無事か?」
ぐだお「女性陣に酒を飲まされて修羅場になる話」
マシュ「私が危険な獣になった訳」
ガルパン
エリカ「友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である」
「卒業生代表、角谷杏」
以上です。
言ってるのにネタバレしててワロタ
引用 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1478986398/