ロマン「そう。よーく観察しないとわからない程度の微弱なものだけど、特異点であることには変わりない。最も、人理をおびやかしかねない特異点に強弱もあるか、と言われたらそこまでだけどね」
ダヴィンチ「地を焼き尽くす業火だろうと、ほんの小さなライターの火であろうと、放っておけばいずれすべてを灰にするってことさ。例のごとく聖杯がその時代のその場所になにかしらの影響を与えていることに間違いはない」
ぐだ子「けどまたロンドン、それも前回と時代もほぼ一緒じゃないですか。同じ時代の同じ場所で特異点が二回も……っていうのはありえるの?」
ロマン「珍しいことではあるけどありえないことじゃない。人類史にとってのターニングポイントとは時代によってひとつである――なんてことはないからね」
ダヴィンチ「それに今回はね、異変の規模が規模なせいか、特異点の中心点もとっくに割り出せたのさ」
マシュ「なるほど、つまりそのポイントに聖杯らしき反応があった――という認識で間違いないでしょうか?」
ロマン「そういうこと。だからいつも通り、ぐだ子さんたちには聖杯を回収してもらいたい。やることは変わらないし、前回ロンドン探索時のように宛もなくロンドン中を回ることもない。ちょっとした仕事さ」
ロマン「もしかしたら前回の時に見かけたかもしれないね。場所はロンドンのウェスト・エンドにある由緒正しき王立劇場、ドルーリー・レーン劇場さ」
マシュ「あっ、それなら通りがかりましたね。イギリスで最も歴史ある大劇場。あらゆる名作とあらゆる名優たちを排出した場所――と記憶しています」
ぐだ子「……そんな場所通ったっけ?」
マシュ「先輩、その時は新しく召喚したナーサリー・ライムさんと延々とマザーグースを歌ってて気にもしていませんでしたからね……」
ぐだ子「め、面目ない……」
フォウ「フォウ、フォー」
ぐだ子「フォウ君も一緒に楽しんでたのでノーカンで!」
マシュ「いや、フォウさんに責任を押し付けないでください」
ロマン「ま、まぁ詳しいことはおいといて。早速レイシフトの準備を進めて、安全のことも考えて劇場の少し離れた外に転移させるけど……連れて行くサーヴァントはどうする?」
ぐだ子「うーん、またロンドン、となればモーさんとかかなぁ」
???「――失礼。僭越ながら自薦させていただきます」
ナイチンゲール「勝手ながら話は聞かせていただきました。その場所に関しては私もある程度知識があります。何より、たとえ小さなものであれ、人理に蔓延る『病』を無視するわけにはいきません」
ぐだ子「……ちょ、ちょっとだけ苦手というか、どう接すればいいのかわからないからあまり率先して連れて行きたくないんだけど……うーん」
マシュ「で、ですがナイチンゲールさんは耐久力に長けるバーサーカーという貴重な戦力! サーヴァント相手であれば有効な一撃を加えられる面もありますし、パーティとしては非常に頼もしいと思います! 怪我をしても治療してくれますから!」
ロマン「どう接すれば、という点は否定しないんだねマシュも……。しかし、バーサーカーのサポートとしてもうひとりほしいところではあるかな。……まともに会話できる相手が欲しい的な意味でも」
デオン「――なら、便乗ついでに僕もいいかな?」
ぐだ子「デオンくんちゃん! うん、攻撃を集中されるとさすがのナイチンゲールさんでも辛いけど、デオンくんちゃんがいれば怖いものなしだよね!」
ナイチンゲール「……前線で受けた怪我は、私がしっかり清潔に治療しましょう。よろしくお願いします」
デオン「こちらこそ。……まぁ、お互い『思うとこ』はあれど、ね」
マシュ「……そういえば、ふと前から思っていたことがあるのですが。デオンさんとナイチンゲールさんは歴史上で大きな接点はないはずなのに、なんというかこう……」
ダヴィンチ「『前から会っていた、気まずい仲の知り合い』みたいに見える?」
マシュ「ええ、こう、言い難い違和感、と言えばいいのかどうか……」
マシュ「デオンさん相手だと何も言わずにお互い避けてる感じがするんですよね……かといって、喧嘩をしているというわけでもない」
ダヴィンチ「まぁ、色々あったんだろうさ。たとえ人類史という大きな絵巻にそれが書かれていなくても、絵巻の外では果たしてどうだったか――」
マシュ ぐだ子「??」
ロマン「さて、メンバーも決まったことだし、早速レイシフト開始だ! 見知った場所だからといって油断は禁物。慎重に回収してくれ」
フォウ「フォーウ!」
マシュ「え、ええ。では気を取り直して出発しましょう」
ぐだ子「今度は変な霧がかかってないといいんだけどなぁ」
AD 1860 生霊地獄都市ロンドン
※前書き※
このSSはFate/GOと黒博物館『ゴーストアンドレディ』
のSSです。特に黒博物館の強いネタバレがあるので
原作未読の方及びナイチンゲール好きな方は今すぐ
本屋で購入するんだ! 早く!
原作はナイチンさんの胸がはだけたりスタンドバトルしたり
とても面白い名作だぞ(曲解した情報)
ぐだ子「――ここ、うん、見たことある場所だね。前回より少しだけ昔の時代みたいだけど」
マシュ「ロマンさんの観測結果を聞かずとも、成功したと判断できますね。さすがに同じ場所に転移するとまだ冷静でいられます」
ナイチンゲール「懐かしい風景――という表現は、いささか陳腐でしょうが、実際、懐かしいものだと感じます」
デオン「フロー……ミスフローレンスはロンドン在住だったからね。時代も時代だ」
ぐだ子「へぇ、ナイチンゲールさんってイギリス出身だったんだ」
マシュ「いえ、出身はイタリアのフィレンツェ。その後に拠点を置き半生を過ごしたのがイギリスだった、と記憶しています」
ぐだ子「あ、あはは……世界史と地理はとことん苦手で」
ナイチンゲール「私のことはどうでもいいのです。あくまでここにいるのは、単なる里帰りや観光ではなく、人理に対する『治療行為』なのですから」
ロマン《――人類史まで治療するとはさすが史上最強の看護婦。っと、どうやら通信状態も良好みたいだね》
マシュ「その様子ですと、トラブルもなくレイシフトできたようで何よりですね」
デオン「異常、異常か――良くも悪くも静か、かな」
ナイチンゲール「――目に見えない異常がない、とは限りません。病も同じ。病とは、目に見えぬ『悪い空気』がばら撒くもの。かつてランプを片手に病床を見回った時のごとく、ここは一旦周囲を散策して見てはいかがでしょう」
マシュ「その意見に概ね賛成です。時間に追われている、というわけでもないですしね」
ぐだ子「それじゃあ足が早いデオンとナイチンゲールさんにお願いしようかな。とりあえず付近に何か目につくものはないかって感じで。一旦別れて行動しよう。十分後に合流で」
デオン「任されたよ、それじゃあまたあとで」
ナイチンゲール「幸い私は地理感もありますし適切でしょう。ではまた」
ぐだ子「――さて、二人共行ったわけだけど。……ねぇロマンさん」
ロマン《うん、おそらく君と同じ疑問を持ってると思うよ。あれはさすがに変すぎる》
マシュ「お二人共、何か懸念が?」
ぐだ子「いや、いいことっちゃあいいことなんだけどさ……」
ロマン《レイシフト前の様子といい、さっきの会話といい、あまりにも融通が効きすぎてるんだよ!》
ぐだ子「いつもなら『消毒は時間勝負!』とか叫びつつひとりで勝手に突っ走りかねないあのナイチンゲールさんが! こっちの意見をちゃんと聞いてしかもそれを享受するなんて逆に怖いよ!! 最高ランクのバーサーカーなんだよ!?」
マシュ「そうではない、と言い切れず、むしろそっちが自然だと思ってしまうのは私の誤解だと思いたいのですが――確かに、いつもの様子と比べてあまりにもおとなしい印象を受けます」
ロマン《うーん、この時代、1860年といえばまだ本物のフローレンス・ナイチンゲールが存命だし、場所もいわば地元といえるから……そういう『補正』も働いてるんだろうけど、それだけとは思えないんだよなぁ》
ぐだ子「自分から前に出たから、何かそれ相応の理由がありそうなんだけど……デオンくんちゃんとの件もあるし。何かこの特異点に思うとこがあるのかなぁ」
マシュ「ここはポジティブに考えましょう。ナイチンゲールさんがおとなしいおかげでスムーズに作戦行動ができる以上、それに乗じて手早く聖杯を回収するに限ります」
ぐだ子「それもそうなんだけどねぇ……」
ぐだ子「あっ、デオンから思念通信だ。何か変なものでも見つけた?」
デオン《変、といえば変だと言えるかもね。少し判断しづらいけど――ちょっと来てくれ。近くにある病院で待ってるから》
マシュ「病院……?」
ロマン《指定された病院ってのは多分そこだけど――》
ぐだ子「……ひどい。臭いとか汚いのもそうだけど、ここにいる人、全員死にかけじゃないの」
マシュ「……さすがに見るに耐えかねます。これではまるで戦時病棟に匹敵する惨状です」
ナイチンゲール「遅いですマスター方々! 事態は見ての通り一刻を争います。新鮮な布はなんとか確保できましたので今すぐ応急処置を! 全員を並べて治療を施します!」
ぐだ子「う、うん!」
デオン「大柄な大人は僕が運ぶからマスターはそこに固まってる孤児の子たちを! マシュは奥にある物置から必要なもの一式を!」
マシュ「は、はい!」
マシュ「い、一時はどうなるかと思いましたが、なんとか簡易的な病室を作れましたね。様子を見るにとりあえず死者だけは出ずに住んだようですし」
ぐだ子「まさか人間相手に魔術礼装の応急手当の魔術を使うなんて思わなかったよぉ」
ロマン《まさかこの時代に来て最初にやることが看護婦の真似事とは、今回は色々変化球な出来事が多いなぁ。とにかくお疲れ様。えーと、それで……》
デオン「うん、ここに呼んだ理由だよね。最初に気づいたのはフローだったんだけど」
ナイチンゲール「――この病院は私も覚えています。かつて『淑女病院』と呼ばれたこの場所は、私が初めて看護婦として仕事をした場所……」
マシュ「なんとなく、ここが病院であることは判断できますが――」
ぐだ子「ちょっと待って、ずっと必死で気が付かなかったけど、そうだよここって病院のはずでしょ!? けどさっきの患者さんたち、ほとんど放置状態というか――この病院、なんで看護婦や医師の姿が見えないの?」
ナイチンゲール「――そうです。ここは病院。それもかつて、私が直接関わり、一番最初の医療環境改革に務めた、いわば礎。それにも関わらず、私が提唱した『病院覚え書』の何もかもが実践されていないのです」
デオン「知っての通り、近代の看護婦象というのは、彼女、フローレンス・ナイチンゲールという人物の影響がとてつもなく大きい。彼女の存在がなければ、看護教育のレベルは数十年単位で遅れただろうと言われるほどだ」
ロマン《看護婦としてはもちろん、統計学者としても有名であるのが面白いところだけどね。確かに、ナイチンゲールの存在なくして、看護教育の基盤はなかったと言われる。看護学校では今でもナイチンゲールへの祈りを絶やさないというし、そういった意味では『神』と近似の扱いを受けているとも言える》
ナイチンゲール「――しかし、おかしいのです。この病院の何もかもは、かつて私が見た『以前』の医療現場そのもの。まるで、時代に置いていかれたかのような、そんな違和感を覚えてしまう。患者から聞き込みを行ったところ、こういった現場であることは『昔から当たり前』とのこと……」
ロマン《……なるほど、言いたいことがわかってきたぞ。つまり、この時代ではナイチンゲールの活躍によって開拓されていたはずの看護教育の進歩がストップしているというわけですね?》
ナイチンゲール「肯定です。まるで、私の功績すべてが『なかったこと』にされたかのように」
デオン「確信を得たのは『ナイチンゲール看護学校なんてものは聞いたことがない』という言質を聞いたことだ。1860年といえば、ナイチンゲール看護学校の設立年。にも関わらず影も形も存在しないという」
ロマン《医療技術の発展だけじゃあない。先述の通り、統計学の進歩もその分遅れることになる。しかもナイチンゲールの功績全体が削除されているということは、かのクリミア戦争での実績もなかったことになって、と考えると――なるほど、一見すると小さな綻びに見えるけど、放置すれば燃え広がる立派な特異点だねそりゃ》
ナイチンゲール「……人理、という概念に関係なく、この病院の惨状たるや。看護婦の人手不足は加速し、医師も夜になれば職務放棄上等、と酒に溺れているのだといいます。私は、この状況を許しているこの世間、世界に対し非常に耐え難い怒りを覚えている……っ!!」
ぐだ子「お、落ち着いて! バーサーカーの全力の殺意とかこっちがプレッシャーで潰されちゃうから!」
マシュ「しかし、そうなると存命中のはずのこの時代、いえ、1820年から生きているはずのナイチンゲールさんは何処に……? 考えられるとすれば、歴史が歪められ、殺害されたなどが考えられますが――」
デオン「誰かに殺された、か……」
ナイチンゲール「……本来なら、ロンドン中の病院を巡り早急な環境改革に努めたいところですが――原因が断たれない以上、病はそこから湧いてくるでしょう」
ぐだ子「これ以外の異常はないみたいだし……うん、向かってみようか。ドルーリー・レーン劇場に」
ぐだ子「見た感じは普通の劇場と変わりないけど……どう? 中に変な反応とかありそう?」
ロマン《うーん……ううん? なんだろうこれ、一見するとサーヴァントの反応にも見えなくないけど、シャドウサーヴァントにしては弱すぎて、かつはっきりしない。はっきりいって弱い反応が多数確認できるなぁ》
マシュ「微妙に判断に困っているのは、どんな存在かはっきりしないということで?」
ロマン《反応だけ見ると弱いし、そこまで強く警戒する必要もなさそうだけど……》
デオン「何、僕がいればとりあえずマスターは守れる。雑兵であればフロー一人で十分さ」
ナイチンゲール「それでは突入しましょう」バンバンバン!!
ぐだ子「と、扉を開けるのにリボルバー乱射する必要あったかなぁ……?」
ロマン《く、クリアリングだよクリアリング》
ナイチンゲール「察知され囲まれる可能性もあります。早速進みましょう」バンバンバン!!
ぐだ子「ああ、高そうな装飾の扉が無慈悲に蜂の巣に……」
デオン「ここがメインのホールのはずだけど――」
オオオオオオオオオオ!!!
ウワアアアアアアア!!!
ぐだ子「うわっ!? なにこれすごい数のひ、と――」
生霊’s「Wooooooooooooo!!??」
ぐだ子「ヒィッ!?」
マシュ「なっ、これは――!? こんな真夜中にこれだけの人が――いえ、それよりも、なんなのですか、全員の頭上に浮かび上がるモンスターは!?」
デオン「デミサーヴァントであるマシュはともかく、マスターにも見えているのか……」
ぐだ子「ちょ、ちょっと!? 冷静に分析する前に説明くださいっ! この数であの見た目とかめっちゃ気持ち悪いんですけど!?」
マシュ「生霊、ですか……?」
ロマン《生霊――というのは日本古来の呼び方で、ファンタズムとか呼ばれている存在、と認識すればいいのかい? それならば変に怖がることもないだろうね。あれは本来、人の目には見えない『悪意』の形だ》
デオン「ああ、人間であれば誰もが持つ悪意のヴィジョン。文字通り『生きている者の霊』だ」
ぐだ子「えっ。それじゃあ私も……?」
ナイチンゲール「本来、普通の人間には見えるはずがないものです。自覚がないのはもちろんのこと。私は珍しく『見える側』の人間でしたが」
デオン「神秘の塊であるサーヴァントは盲目でもない限り見えるだろうね。けど、ここまではっきりとした映像で見えるのはさすがに珍しいかも……」
ロマン《おいおい、しかも見えちゃうだけじゃない。そこにいる人間たちは気を失っているが、その生霊とやらからさっきの『サーヴァントに近い反応』を感知した。シャドウほど強力ではないが、おそらくそれらは聖杯の端末だ!》
マシュ「この生霊たちがすべて……? ですが、私達に敵対しようという意思は確認できませんね。さきほどからずっと、ステージの方を見ている……?」
ナイチンゲール「――いえ、この状況はありえません」
ぐだ子「え? な、なんで?」
ナイチンゲール「先ほども述べましたが、生霊とは悪意の形。日常生活の中で常に人間の頭にゆらゆらと浮かぶ、いわばむき出しの刃です。しかし、そのむき出しの刃も『悪意の向ける先』がなく、悪意を忘れてしまえば鞘に収まる。それこそ、舞台に夢中になっている人間は、その時だけ生霊を無意識に抑えているのです」
マシュ「なるほど、舞台を楽しんでいる間は悪意の生霊は顔を出さない、と。……けれど、当の人間たちは気を失ったまま。生霊だけが顔を出して言葉にもならない歓声をあげている現状ですね。これはありえない、と」
デオン「眠くなってしまうような駄作であればともかく、ここは名誉ある、そして実績ある王立劇場。名作奇作あれど駄作はありえないはずだが――いや、そうだ。ここは特異点の中心。そもそも普通とはかけ離れた場所のはずだよね」
ぐだ子「確かに――だって、舞台の上にいるのも生霊っぽいやつだし。見てみなよ」
オオオオオオオオ!!
「幾万の命を散らし、身を粉にして粉塵する勇敢な兵士たち。しかしそれをあざ笑う狡猾な存在。それが悪魔ナイチンゲール
オオオオオオオオ!!
「幾万の命を散らし、身を粉にして粉塵する勇敢な兵士たち。しかしそれをあざ笑う狡猾な存在。それが悪魔ナイチンゲール!」
「手先と共に舞い降りるは、傷ついた勇士たちの集う病棟。天使のような笑顔を持って人の心の空虚に入り込み、悪魔ナイチンゲールは傲慢な態勢と悪意ある汚染によって死をはびこらせたのです!」
「しかしそれを許さぬのは正義の鉄槌か! 神の勅命の元に、悪魔を討つ剣を取ったのはそう――正義の白百合シュヴァリエ・デオンではありませんか!」
「さあ白百合の騎士は、暴虐、傲慢の悪魔ナイチンゲールを討つことができたのでしょうか! このステージでその歴史的瞬間を目の当たりにしようではありませんか!」
「それではこれにて開演!」
ロマン《ナイチンゲールの時代にシュバリエデオンって時代設定めちゃくちゃ過ぎない?》
マシュ「それよりも、ナイチンゲールさんが悪魔……? 確かに手腕は時折悪魔的との評判ですが……」
ぐだ子「それに、演劇ってこう、シェイクスピアとかのやつでしょ? なんでナイチンゲールの劇なんてやってるの?」
ナイチンゲール「私自身を悪魔と呼ぶ件に関しては否定しませんが、いささか虚偽が混じっているのがなんとも言えませんね」
ロマン《自分で悪魔名乗り始めちゃったよこの人……それでシュバリエデオン。そのシャーロットというのは?》
デオン「僕のいた時代の看板女優の名前だ。……この時代には存在するはずがない」
ロマン《となると、時代を超えて召喚された英霊――に近い何かってことか。いや、英霊というよりかはあれも端末の一つと考えてよさそうだね》
ぐだ子「けど、勇み足で突貫したのはいいものの、特に動きもなく、なぜか生霊ってのが変な劇を見てるだけ……? なんか肩透かしっていうか、これが特異点の原因に繋がるのかな?」
ロマン《ふーむ……一旦劇場を出て待機してくれないか。敵対しないということは襲われることもないし。ちょっとダヴィンチちゃんにアドバイスを仰いてみるよ》
ダヴィンチ《へぇ、なかなか面白い切り口でやってくれるね向こうも》
マシュ「現象の理由がわかったのですか?」
ダヴィンチ《おそらくだけどね。まず、その劇場は聖杯の力によって一種の宝具――それも固有結界に近いものになっていると思われる》
ぐだ子「劇場型の宝具……確かに前例はあるけど」
ダヴィンチ《それもかーなーり強力なものだ。というのも、その劇場で行われる劇には一種の『刷り込み』の力が働いているんじゃないかなーと思うよ。それも史上に影響が出るレベルでね》
ぐだ子「す、刷り込み……?」
ダヴィンチ《そっ、刷り込み。あの劇場で行われていた劇の内容を掻い摘むと、『ナイチンゲールっていうひっどい看護婦がいて、そいつに正義の鉄槌をぶち込んでやったぜ』という話だ。つまり、この話が『事実』になりつつあるってことさ》
ぐだ子「???」
ダヴィンチ《難しく考えなくていいよ。要はスケールの大きい催眠術。地球の歴史、人間の集合意識という相手に、『ナイチンゲールは悪いやつ』という虚偽を何回も何回も、繰り返し刷り込む。するとそれは最終的に揺るぎない真実になっちまうってことさ》
マシュ「……あっ! つまり、嘘をばら撒いていると、それが真実として全体に広がる。歴史が捏造される――それってつまり歴史改変です!」
デオン「過去存在した悪の独裁者、悪の超人として無意識に認識されるわけか」
ダヴィンチ《次に『空想化』。劇も結局ほとんどはフィクション。作家の頭の中で存在していた空想の世界の産物。その舞台で演じられた劇は、たとえ現実で起こった真実の物語、史実であっても人類史にはフィクションとして認識されるようになる。つまり、ナイチンゲールは架空の人物として改変される》
ナイチンゲール「それはつまり、私の名前は絵本の中の存在になる、ということですか」
ダヴィンチ《ナーサリーちゃんの例もあるし、この場合『絵だけに描かれた存在』というのが正しいかもね。最後は『顕在化』。観客に刷り込んだ虚実を真実とし、史実の偉人を空想とし、それを歴史――人類史に結果としてフィードバックしていく能力。つまりこれこそ歴史改変のスキルと言える》
ロマン《それが現在起こっているロンドンの看護教育停滞現象の原因だと思われるよ。もろに現代にも影響を与えている人物だからなぁ……史実系英霊殺しの能力によって、ピンポイントに影響がでかい人物を標的にされた結果がこの特異点さ》
ぐだ子「……つまり、あの劇場ぶっ壊せば事態は解決するよね!」
マシュ「ああっ、先輩が理解を中途で辞めて暴力的な結論を!」
ロマン《まぁ、合ってるっちゃ合ってるし……。けど今劇場を破壊しても、力の源となる聖杯がある限り、現時点で影響を受けた範囲は変化したまま。劇場を壊すことで人類史の改変は止められるが、解決には至らない》
デオン「つまりいつも通り、聖杯を回収すればなんとかなるってことだね」
今日と明日の2日で書き上げる予定です
ごゆるりとどうぞ、黒博物館は一巻二巻どっちも名作だよ!
興味が出たら本屋にレイシフトだ!
マシュ「なんで先輩の思考がバーサーカー寄りになっているんですか……」
ナイチンゲール「ですがそれ以外に治療方法がありません。聖杯の持ち主も、かの輝かしき王立劇場をこのような用途で悪用するなど笑止千万――何より、私の歴史を消去すること、それはかのクリミア戦争で救ってきた命はもちろん、天に召された命を侮辱するも同然。誰かの救われる未来を否定することなどあってはならない。誰であっても許されない……!!」
デオン「苛烈で実にフローらしい。……誰も止められない勇み足、澄んだ輝きを放つ抜き身の刃のごとく。時には周りを、自分を傷つけるほどの苛烈さ。まさにナイチンゲールそのものだね」
ぐだ子「……」
デオン「ん? どうしたんだい、そんないぶかしげな顔をして」
ぐだ子「いや……やっぱり二人って、昔からの知り合いって感じがするなーと改めてね」
デオン「……そうだね、まぁ、そんなこともある。歴史の外では、運命ともいえる遭遇劇があるものさ」
ナイチンゲール「デオン・ド・ボーモンとはそのように綺麗な言葉で表せる出会いではなかったですよ」
デオン「あはは、それも否定できないね……」
ナイチンゲール「ですが、それも過ぎ去った歴史です。誰に知られずとも、私の中の歴史、その1ページにシュバリエデオンの名が記されている。そう、たったそれだけのことです」
デオン「違いない。王立劇場らしく、演劇風に表すならば――結局はヤジを飛ばす迷惑な観客でしかなかっただけだ」
マシュ「……詳細は不明のままですが、どのような感情を持つ記憶であっても、それは確かな記憶、ということでしょうか」
ぐだ子「よくわからないままぼやかされた気もするけどね!」
ロマン《ああ、それは確かなんだが、こちらも反応を探ってみても、結局聖杯本体の反応は探せなくて――もしかして、探す方法を思いついたのかい?》
デオン「劇を見て、なおかつ敵の目的がナイチンゲールの人理的抹殺――という点を含めて考えると、聖杯を持っている可能性が高い人間に心当たりがある」
ナイチンゲール「かの戦争での『風評捏造』のやり方、そして私を悪魔たらんとする虚偽の既視感――やはり、黒幕はあの男ですね」
マシュ「もしかして……ナイチンゲールさんの知り合い? それも相手はこちらを深く憎んでいる、という見解で間違いなく?」
デオン「ああ、あの男なら舞台に顔を出しただけでもすぐに飛んでくるだろうさ――メインキャストの登場だ。舞台挨拶は抜きにしてステージに躍り出ようじゃないか」
オオオオオオオオ!! ヴォオオオオオオ
ぐだ子「ううぅ、人の悪意とだけあってドロドロしたうめき声だしてるなぁ」
ナイチンゲール「耳障りです。治療行為の邪魔をされても癪ですし、あらかたの生霊は退治しましょう」
マシュ「えっ!? いくら霊とはいえ、生霊を消滅させたら人間さんの方は大丈夫なのですか!?」
デオン「心配ないよ。生霊を退治してもしばらく放心状態になるだけ。とっくに死んでる幽霊と違って元が生きていれば問題ないさ」
ぐだ子「なら大丈夫だね! マシュ、生霊に峰打ちするんだ!」
マシュ「見えるということは触れられるということでしょうし……戦闘行動、開始しますっ!」
デオン「僕はカバーだ! フロー、蹂躙してくれ!」
ナイチンゲール「了解。――宝具、展開します」
ロマン《ちょ、ちょっと待って!? あなたの宝具って攻撃宝具に見える回復宝具であって、攻撃宝具じゃないですよ!?》
ナイチンゲール「問題ありません。言ったはずです。私は生前から生霊と身近に過ごしてきました。それは私自身の生霊も例外ではない、と言っておきましょう」
ぐだ子「……あれってもしかして、ナイチンゲールさんの生霊だったの!?」
デオン「英霊化して大分見た目が是正、というかイメージ寄りになってるけど、相変わらず化物みたいな生霊だよ。宝具化されて普通なら『浄化』というベクトルに固定されているが、悪意の顕現たる生霊相手に『浄化』は特効薬。しかも生霊同士ならダメージも与えられる」
ドゴォォォォォォォンッ!!!
シュウゥ…
ロマン《周囲のファンタズム、音もなく消滅……あの宝具が見た目通りの活躍をしてくれるとは》
マシュ「ですが劇場内の観客を一度に吹き飛ばしました。おそらくその黒幕とやらもこれには気づくはず……!!」
???「――ああ、やはり、やはりか。やはり貴様は期待を裏切らず、この私の目の前にやってくる。あの時のように不意にやってきてはすべてを滅茶苦茶にしてくれるのも変わらんか……!!」
ナイチンゲール「――無理やり生霊を縛り付け、エゴイズムをこれでもかと押し付けてくるあなたもまた変わりませんね。ジョン・ホール」
ジョン「久しいなフローレンス・ナイチンゲール……!」
デオン「ああ、彼は英霊なんかじゃない。ただの傲慢な軍医長官だ。――まぁ、わかりやすく言うと、フローレンス式ゴリ押し改革に反発した被害者兼加害者のひとりだよ」
ぐだ子「ああ、改革ついでに首が飛んでいったお偉いさんたちの一人ってことか……」
ナイチンゲール「まぁ、彼は少々特別な縁ですがね――」
ジョン「飛んだ腐れ縁だ! 私の城だった病棟に我が物顔で押しかけ、粘着質に張り付いては横から乗っ取ってきた飛んだわがまま女王だ!! だがここで会ったのもまた運命と――」
ナイチンゲール「うるさい、煩わしいです。あなたが聖杯を持っていることはおおよそ見当がついています。即刻手渡しなさい。でなければ聖杯の持つ腕ごと頂戴します」
ジョン「相も変わらず話を聞かんのかお前は!」
ロマン ぐだ子 マシュ デオン(ああ、やっぱり昔から話聞かなかったのね……)
ナイチンゲール「あなたとの不毛な会話など、治療行為には不要だからです。むしろ迅速な治療の妨げ――妨害をする相手にも徹底的に話し合う、これは生前から変わりありません」
ジョン「くっ……! だが、今やお前の生霊にも負けぬ力を手に入れた。そうだ、私は貴様の悪意、貴様の生霊、否、悪霊に負けた日からずっと、ずっとこの日を――」
ナイチンゲール「……」スッ
ぐだ子「あっ、ついにしびれ切らしてリボルバーに手が――」
ナイチンゲール「消毒!」バンバンバン!!
キンキンキィンッ!!
マシュ「なっ……!? 英霊でもない人間なのに銃弾を弾いた――!?」
ジョン「私の生霊は聖杯を飲み込み、もはや物理法則さえも超越した……!! あの雪の日の二の舞いにはならんぞ、フローレンスウゥゥ……!!!」ズルゥゥッ!!
ぐだ子「――で、デカすぎない? ナイチンゲールさんのやつぐらい、いや、それ以上じゃないかなあれぇ……!?」
ロマン《ちょっ、あの生霊の中心、心臓に位置する部分に聖杯の反応!? ほんとに文字通り飲み込んだっていうのか!?》
ナイチンゲール「なるほど……聖杯を直接取り入れ、生霊を無理やりサーヴァント化させましたか。普通の人間の体では難しいですが、霊的存在であり神秘を秘める、それもあなたレベルの力を持つ生霊だからできる芸当、と」
ロマン《ファンタズムをサーヴァント化――つまり、あのファンタズム、生霊の宝具がこの劇場だと考えてよさそうだ!》
デオン「嘘に満ちた宝具の持ち主らしい性格だし納得だね。しかし……並のサーヴァントより単純なエネルギー量はずば抜けている。伊達に聖杯から直接供給を受けているサーヴァントではないか」
ジョン「おっと、これで終わりと思うな。――この劇場内では、私は半英霊の加護を受けている。こんな芸当も可能なのだよ」パチンッ
ぐだ子「ちょちょ!? な、なにこの殺意とこの音……!?」
デオン「……軍靴の音だ。それとなく予想はしていたが」
フィッツジェラルド「――調達官フィッツジェラルド。以下ナイチンゲール暗殺部隊。ここに召喚され参上しました」
ナイチンゲール「フィッツジェラルド……!」
ジョン「この劇場は観客を召喚するだけではない。必要な役者も聖杯の機能によって召喚ができる!!」
フィッツジェラルド「部隊の準備はできています。ご命令を」
ジョン「命令はそう、ずっと前から変わらない! かの悪魔ナイチンゲールに死を。たとえ死んででもナイチンゲールに死を!!」
フィッツジェラルド「ご命令とあらば」
マシュ「顔色一つ変えずに……深く教育された部下のようです。まさにロボット軍人……」
デオン「命令されればやる。されなければやらない。ただ単純にそれだけをインプットされたジョンの手足だ。容赦なくやらないと最後まで食いつかれるよ」
デオン「くっ……!(剣技が劣化している、とは言わないが、やはり鬼であったあの僕とは良くも悪くも差があるか……)」
ジョン「――さぁフローレンス・ナイチンゲール!! あの時とは違う。私の生霊は最強となり、暗殺部隊も健在! 一方貴様は、頼みの綱の味方はただの雑兵揃い! そうだ、あの時と違って『グレイ』とやらの憎らしい男もいない!」
ナイチンゲール「っ」
ジョン「あの男はお前を『強い』といった! それは認めてやろう、だがそれはまっとうなものじゃあない! いわばそれは言葉の暴力! 純粋だが、それ故にあらゆるものをぶち壊しにする嵐だ! 近くにいる者を巻き込みぐちゃぐちゃにしていく。――心当たりはあるのではないかね?」
ナイチンゲール「それ、は……」
ジョン「俺もお前も、エゴの具現に過ぎん! ならばエゴイズム同士、互いに潰れるまで殴り合うだけのこと! 一部の死に損ないを救済したとしても、その裏で貴様もまた、『命令』という二文字の元に人を使い潰している。お前のいう『偽善の善』はもはや偽善ですらなくただの暴力だ!」
ナイチンゲール「……」
ジョン「貴様が消えたとしても、結局、死んだ人間と生きる人間が入れ替わるだけ……結果が入れ替わるだけで好転などしない! お前の傲慢さ、私の生霊が喰らい尽くして――」
ジョン「――ぬぅ……?」
ぐだ子「舞台の上だからって、芝居めいた言葉でごまかさないでよ! つまり『犠牲を許容してるのは同じだ』ってことをいいたんでしょうけど、そういうこと言う奴は決まって疚しい裏があるって相場が決まってるの! 芝居の上でも現実でもね!」
デオン「よく言ってくれたマスター。――ジョン・ホール。お前とフロー、どちらも犠牲の多い人生だっただろう。自分のことであっても、周囲の人間であっても。だが貴様は犠牲を吐き捨て、屍を軍靴で踏みにじる人間だ。――だがフローは違う。犠牲を余ることなく飲み込み、それを抱え込み前進する女性だ。こぼれた砂でさえも、彼女はそれを一切残さず抱え、無限に前進し続けた」
ナイチンゲール「……」
デオン「彼女は、死んだ人間の心さえも、心で涙を流しながら温かい掌で受け止めてくれる。そう、たとえ死んだ人間であっても、だ」
ジョン「それが看護婦ごっこを許容する理由になりはせん!! 自己満足を極限まで追求し、下賤な看護婦という仕事を無理矢理に――」
マシュ「ですが、彼女の存在があったから、現代に看護婦を『聖職』へと昇華させたのです! 彼女は後世にあまりに大きな物を残した!」
デオン「なぁ、ジョン・ホール。お前が残したのはなんだ?――そうだ、お前が残したのは幾重の見窄らしい死体だけだ!!」
ジョン「だ、黙れ! 私はフローレンスのような幻聴ごときで横暴を働いた愚か者とは違う! 戦場の兵士に死は常、たかが下っ端の兵の死、下っ端の兵の危惧に対し、錯乱したかのように働くこの女が異常で――」
ジョン「そうだ! ただの兵卒と、そいつらを統率する権利を持つ私の命、どちらの値打ちが高いかと聞かれれば当然後者よ! 部下の死は私の生! 病床で力尽き倒れる奴らはどいつもこいつも上司のために死ねん役立たずだ!」
ロマン《ありゃひどい……悪意の生霊に聖杯を飲ませてなまじ力をもたせたから、悪意むき出し。感情のパワーバランスが崩れて悪者根性倍増だね》
ぐだ子「割りと素も混じってる気がしてならないけど……」
ナイチンゲール「――あの日あの時、汚れきった床の上、冷たい体を抱え、太ったネズミと顔を合わせながら無気力に死んでいった彼らをゴミクズ同然と扱うことなど許されることではない。よりにもよって、長たるあなたがそれをすることは! なにがあっても! そう、誰であっても、死を撒き散らし、冒涜することなど許されないッ!!!」
ジョン「こ、この状況でまだそんな生意気な口をぉ……!!」
ナイチンゲール「そうです、狂えし者として召喚された私が、何を迷うことがあるでしょうか。私の存在意義は救うこと。たとえ誰かが屑と切り捨てた人間であっても、たとえ数秒しかない命であっても、私はそれらを等しく! 絶対に! たとえ殺してでも! 救うとあの日誓った!!」
ジョン「な、なんだこいつ……!? あの時もそうだ、なぜ、なぜこの女は、目の前の壁が高く厚いほど、心が研ぎ澄まされるんだぁ……!?」
デオン「それが彼女の英雄たらん理由。そうだ、面倒なことに彼女の闘争心は、困難であればあるほど輝く。――フロー、たじろいでいる今が好機!」
ぐだ子「えっ、そっちが命令しちゃうの!? え、えーと――とにかく突撃! 問答無用で聖杯を奪取して!!」
ジョン「か、かかれ暗殺部隊よ! 宝具によって召喚された半英霊であれば、数の力で――」
フィッツジェラルド「ッ!? 銃撃音だと!?」
ジョン「誰だ! 命令もなく撃った馬鹿は――」
フィッツジェラルド「違う! 今のは向こうから――」バキュンッ!! ドサッ
ジョン「なぁ――!?」
???「――ここは舞台の上なんだぜ? だったら劇の脚本通りに事が進むのは当たり前だろ?」
ナイチンゲール「ッ! ああ、その顔はもしかして――ああ! その勇敢で小さな姿は……!」
ボブ「メインキャストだったらおいらたちを忘れてもらっちゃ困るってもんだよ!!」
暗殺部隊「ぎゃああっ!?」 「あ、ああ……!? この気配、この切り口はぁ……!?」
黒人の紳士「『たとえ歴史が覆されようとも、私達はクリミアの天使をかつて守り、そして守り続ける剣である』」
ソワイエ「料理以外で呼ばれるのはとても困りマスが、ステージでクールに決められるのは正義の味方の特権デスカネ?」
ラッセル「たとえお飾りであろうと味方がいる、これがとても重要なのですよ。――そら、予定通り援軍様のおなりだ!」
パカッ パカッ パカッ
レフロイ「遅くなってしまい申し訳ない! だがもはや、こちらに――クリミアの天使に敗北なし!」
ナイチンゲール「みんな、みんなの姿が見える……! あの日の、気高く頼もしい皆の姿が……!」
ジョン「なぁ、ナァニィ……ぃ!?」
ロマン《なるほど、ここはあくまで劇場。劇場の範疇を出ない――一度舞台の上に上がってしまえば皆等しく役者。役者になった以上、史実という名の脚本に従い演じるしかなくなるわけか! つまりこれ、悲しいことにジョン・ホールさんの勝ち目はほぼなかったという結論が……》
ジョン「う、嘘だろ……!? 聖杯を授かり、時代を超えて復讐をはたそうとした結果が、以前の二の舞いで終わるのかぁ!!」
ナイチンゲール「――同じことは二度言いません。ですが、あなたという鏡を見て、私もまた心の曇が晴れました。犠牲を強いてきた私の半生を、積んできた犠牲、すべてを含めて、私はこれからも救うのだと。救うべき者すべてを――あなたとは違ってね」
ジョン「せ、聖杯の力を持ってしても、勝てない人間がいる、ということか――」
ナイチンゲール「悪意を断て! ナイチンゲール・プレッジ!!」
マシュ「――聖杯、回収完了しました」
ロマン《こちらからも確認できたよ。その劇場も宝具としての能力を消失しつつある、時間が経てばあっという間に何もかも元通りだろう》
ぐだ子「けど、終わってみれば大したことなかったよねぇ。まともに戦闘もせず最初から最後まで看護婦さんが蹂躙しつくすという凄まじい光景だけども……あれ? ナイチンゲールさんは?」
デオン「向こうだよ。懐かしい顔を見たせいか、少々センチメンタルみたいだ」
ナイチンゲール「――時間もありません。この劇場の効力が失われてしまう前に言いましょう。――ありがとう、あなた方もまた、史上の英霊たちに負けない、私の最高の英雄たちであったことを忘れません」
レフロイ「私は、私の信じたあなたの光――天使の光を守れたこと、これだけで大変光栄です。たとえ離れたとしても、幻の身であったとしても献身できたこの今に喜びを」
ラッセル「時間があれば料理のひとつを振る舞ったのデスが……どうぞ英霊となった身であっても、健やかに過ごされんことをお祈りシマショー」
黒人の紳士「どうかあなたの記憶の中に、細やかデモ、私達のことを覚えていただければ幸いデス」
ボブ「困ったらおいらを呼べよ! 気に入らねぇ奴は鉛玉一発くらわせてやるぜ!」
ナイチンゲール「……ありがとう、私の英雄たち」
スゥゥ…
ナイチンゲール「どうか安らぎのあらんことを」
マシュ「ふふっ、演劇としては茶番かもしれませんが、演じる身としてはちょっと楽しかった……かもしれませんね」
ぐだ子「ゲッ、あいつもう目を覚ましたんだけど」
ロマン《とはいえ聖杯も回収済み、自慢の生霊とやらも出ていないみたいだし、時間が経てば特異点として処理されて彼も消滅するはず――》
ジョン「ま、まだだ――まだ、『キャストは揃いきってない』ゾォォ……!?」チャキッ
マシュ「なっ、あれは――!?」
ぐだ子「ちょ、あれって聖杯のかけらじゃあ――!?」
ロマン《なんて用意周到な! 聖杯だけじゃなく、予備に聖杯のかけらまで用意してたっていうのか!?》
ジョン「負けん……負けて、たまるかぁぁぁ!!!」キィィィンッ
デオン「この魔法陣――サーヴァント召喚!?」
ナイチンゲール「くっ! かけらの回収を――」
ガシィッ
フィッツジェラルド「――じょうかん、命令――敵は、だれだろうと、ちかづけさせない――」
ナイチンゲール「なっ……消滅しつつある身で、最後の妨害を――」
フィッツジェラルド「めいれいは、ぜったいに――」スゥゥ…
ジョン「ハハハハハッ!! さぁ私の呼びかけに応えいでよ! 最高の騎士よおおおお!!!」
???「――僕を呼ぶと思ったよ。きっと君ならね」
ジョン「お、おおっ――久しい、久しいぞその美貌。その鷹のような目つき。間違いない――誇り高きシュバリエデオンそのものだ!!」
ぐだ子「はっ!? デオンくんちゃんが二人――って、いや、あっちはデオンくんちゃんっていうより、デオンさんって感じだけど。こっちより大人だし……!」
デオン「――触媒もない、ということは縁召喚。そして縁となれば、まぁ、僕が出ることになるよね――『修羅』に堕ちたもうひとりの僕が」
ロマン《こちらのシュバリエデオンとはかなり違う。クラス反応はアサシン。識別するなら彼または彼女は――シュバリエデオンオルタ、といったところだろうか》
ナイチンゲール「あなたまで出ることはなかったのに――これでまた久しい顔に会ってしまいましたね」
デオンオルタ「ふふっ、状況はおおよそ把握しているし、僕のしたいこともよーく理解できる」
ジョン「おおっ! さすがに話が早い! たとえかけらだとしても聖杯のバックアップを直接に受けたお前であれば無敵だ!」
ジョン「ハハハッ!! そうだ、その通りだ! さぁシュバリエデオンよ、私の命令に従い、そいつらを皆殺しに、塵も残さず皆殺しにしろぉ!! そして、私に、私に絶対の勝利を!!」
デオンオルタ「ああ、了解した」スッ
ぐだ子「ッ! 剣を抜いた――来る!」
ジョン「これでもう安心だ! これでついに私は、私だけの安寧を手に――」
デオンオルタ「そうだ、お前は安心して――」
ザシュッ
マシュ「――えっ……?」
デオン「――やってくれるな、僕は」
ジョン「――ガァッ……!?」ドサッ
デオンオルタ「あの世で介添人に殉じてるといい」ニタァ
ナイチンゲール「――それにこの気配、ただのサーヴァントではない」
ロマン《マスター補正が変に働いて、狂化スキルも取得たのか!? ジャンヌオルタのあれと同じ、いわばデオンオルタのクラスはバーサークアサシンだ!!》
デオンオルタ「ああ、最初にしてはなんて上場な死に様でゾクゾクするわ……! 今の見た? 彼が僕を呼んだことで、一瞬にして安堵の表情に包まれて、勝ち気になって調子に乗った出鼻にザクッ! ――フフフ、締めには崩れ落ちる時の気力すら絞りきれないほどに落胆した絶望の顔……!! これ以上の悦楽なんてどこにもないわ!」
デオン「最早、決闘師という枠組みすら捨てて、ただの悪鬼と化したか……キャストでない者を無理やり引きずり出したツケ、と悪態をつきたいところだが、そういう悠長なこと言ってられる事態じゃなくなってしまったみたいだ」
ぐだ子「対面しただけでわかる……マジでやらないとあっという間に殺されるね、これ」
マシュ「宝具展開、いつでも可能です。ですが、アサシンというクラスの特性を持つ以上、いつ不意をうたれるか……!」
デオンオルタ「おやおや、そんなに怖がらないでくれよ。――僕は決闘をやりにきたわけじゃない。求めるのは、純粋無垢な白が、白濁となり、最後にはドス黒く沈んでいく――そんなむごたらしい死、それだけなのにさぁ!」
デオンオルタ「戦いの中でこそ、私の生き様がある。――花よ華よ、これが私が本当に求めた、あなたたちに送る絶望の花束『血の華散りし狂乱舞踏』!!」
グワッ ゴオオオオオオオッ
マシュ「――これは、戦場? ロンドン全域が、戦場に――」
ぐだ子「それも、イスカンダルの作り出す戦場とは違う――私でもわかるぐらい、血の臭いと鉄の臭い。腐った臭いがする。正直吐き気がしてくる……」
ナイチンゲール「――既視感。間違いない。これは、かつて見た、あの時の、クリミア戦争の前線……」
デオンオルタ「さぁ、戦争だ。戦争だ……! すべての希望を軍靴で踏みにじり、砲が爆砕し、銃が撃ち貫く、絶望の戦争だ!!」
ゴゴゴゴ ズルゥ ズルッ グチャアッ
デオン「周囲の人間から、悪意が――悪霊がひとりでに歩いていく……! 生霊が兵士になっていくなんて!」
デオンオルタ「生霊とは、悪意とは。結局、外に対しあらゆる悪意へと攻撃する防衛本能。たとえ隣人であろうとも、家族であろうとも、悪意は悪意に攻撃するしかない……! だから悪意が独立し、暴走すれば、その先にあるのははてなき闘争のみ!!」
オオオオオオオオ ヴォオオオオオオオ!!
ナイチンゲール「ロンドン中の生霊たちが、お互いを無差別に攻撃し合ってる……!? こんな光景、今まで……」
デオンオルタ「生霊たちはすべてが消え去るまで争い続ける。そして消えた悪霊は宝具の一部として私の手足となる。この悪霊戦争が終われば、この固有結界には、あなたたちを敵とする完璧な悪霊兵士たちが、幾万にも連なってあなたたちを包囲するでしょう」
ぐだ子「……放置すれば、その分だけ私達の勝ち目がなくなるってわけ」
デオンオルタ「最も、私ひとり相手でもあなたたちは勝てるはずがない。私が見たいのは――どれだけ潰そうと徒労に終わり、無数の悪霊たちに蹂躙され、これ以上にない絶望の黒を瞳に灯す瞬間が見たいの! 今までやってきたことはすべて! 暴力の前では! 無駄だったという絶望と共に死んでいくことを!」
デオンオルタ「悪意の押し付けあい。これが戦争の本質。僕を召喚したジョン・ホールの精神性が色濃く出た趣味の悪い宝具だけど――あいにく趣味が悪いのは僕も同じでね。有効活用させてもらうのさ。骨の髄まで! ああ見てご覧よあの悪霊たちのざまを!」
オオオオオオ グオオオオオ
デオンオルタ「悪意同士が消え去る時、一瞬だけ映る絶望の色、そして悲鳴――これだけ一気に、死の絶望が見れる宝具だなんて――なんて素晴らしいのだろう! この戦場は悪霊だけじゃない、子供、女、あらゆる人間を戦争に参加させる宝具なんだ! ああ、なんて綺麗なのでしょう……!!」
ロマン《言っていることは事実だ! 悪霊が消えるのと同時に、周囲の生命反応もひとつずつ消えている! これは大規模な魂喰いの宝具だ! こんなの放置すれば人理ごと食い散らかされる!!》
ズモモモモモッ
デオン「……悪霊兵士が着実に増えていっている。包囲されるのも時間の問題だ。その前に少しでも数を減らさないと……!」
ナイチンゲール「……クッ――!!」
デオンオルタ「フロー、あなたの死に様はメインディッシュ。あなたには、最高の絶望の中で死んでもらわないと。――さぁ、絶望なさい。たとえあなたの不死の精神があろうと、時間と数の前ではそれも無意味。さぁ、絶望なさい――絶望なさい……! その時に、あなたの綺麗な首を一閃してあげる!」
ぐだ子「わかってる。――デオンオルタの前には増え続ける悪霊兵士。この状況を制するには、元凶を倒すしかない。そして元凶を倒すには、邪魔な奴らをとことん倒すしかない!」
ナイチンゲール「肯定です。私は前に進むのをやめない。そう、私の半生は、死との戦い。そして、終わらない戦争との戦い。――私の存在意義、私の功績のすべてはそれに収束する。その化身たる私が歩むのをやめれば、私の後に続く、未来に生きる白衣の天使たちに示しがつかない!」
デオン「この絶望的な状況でも、君は歩みを止めないと、まっすぐな瞳で言ってくれるんだね。――そうだ、あれは僕の悪意、あのオルタこそが僕の悪霊、生霊なんだ。ならば、それに対しても僕は剣を持ち決闘するまで……!」
マシュ「シュバリエデオンが剣を持ち、そして私は私の盾を持って、先輩たちを守るだけです。無駄だと笑われても、私はやめない。これもいつもと変わらない、私の存在意義――ですかね? フローレンス・ナイチンゲール」
ナイチンゲール「それがあなたの『偽善の善』です。少なくとも、私はその願いを笑いません」
ぐだ子「無駄だとわかっていても、か……。『――令呪三角をもって我がサーヴァント三騎に命ずる! 宝具をフル活用して絶対にかつ!』」
マシュ「了解!」
デオン「白百合の名のもとに!」
ナイチンゲール「――治療行為を開始します。覚悟は、よろしいですね?」
悪霊兵士「オオオオオオオオ」
ズシャ ザクッ バババババッ ダンッ
デオン「まだ増加速度はおとなしいけど、ゆっくりと加速しつつある。やはりジリ貧になるのは明白だったね」
マシュ「それに私達三人は、防御力、持久力に特化はしているものの、攻撃宝具を持たない者同士……! 悪霊は弱いので、ナイチンゲールさんの一撃で次々に倒せているものの……!」
ナイチンゲール「ひと押し、そう、もうひと押しがあれば、少しの間だけでもデオンに接近できる……。――みなさん」
ぐだ子「何?」
ナイチンゲール「――私に、ほんの少々、治療の時間を確保していただけないでしょうか」
ぐだ子「それって今やりたいこと? それともいま必要なこと?」
ナイチンゲール「両方です」
ぐだ子「――マシュ、宝具展開! デオンはそのまま全力で陽動! 数を減らすんじゃなくて数を維持して!」
マシュ「了解、宝具展開します!」
デオン「三分、三分は持たせるよ」
ナイチンゲール「ありがとうございます……!」
(――地面が冷たい。私の体も。私の血も)
(――これが、戦場で味わう死。これが下っ端兵どもの最後に見る光景だというのか)
(ああ、なるほど。これが、死を踏みにじられる感覚、なのか。この戦場に、戦争に救世主など存在しない)
(聖書を読んで天使が来るはずもない。そうだ、戦争の中で、祈りは、すべて、無駄――)
ナイチンゲール「――多量の出血を確認。ただちに応急処置を開始します」
ジョン「――なぜ――なぜ、きさま、が」
ナイチンゲール「……私は、すべてを救います。誰であろうと、どこであろうと。すべてを等しく、救います。それが私の『偽善の善』です」
ジョン「……きさま、は……」
ジョン(なんたることだ。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、この憎たらしい女が、悪魔のような女が――天使に見えるとは)
ナイチンゲール「――ここから先は、あなたの精神力次第。ですが、私に無断で死ぬことは許しません。生きなさい、死んででも。――医療費として、あなたの持つ使用済みの聖杯のかけらを頂戴します。それでは、あなたに幸運あらんことを」
タッタッタッタ…
ジョン(――なんたる偽善者だ。この私すらを救い、挙句には無断で死ぬことを禁ずるなど)
ジョン(ああ傲慢、傲慢だ――傲慢で、なんと救い難い女だ。――なんと、澄んだ目で傲慢なことを言うのか)
ジョン「――やはり、とんでもない悪魔だな――フローレンス・ナイチンゲール……――」
ナイチンゲール(――これは私の賭け。召喚器として機能したこのかけらに、あと一回、後一回の奇跡を起こせるほどの余力があるか。その可能性にすべてを賭けた)
ナイチンゲール(あの男はキャストを揃えた、とほざいたが、あの日、あの人は言った――自分たちは観客でしかない、と)
ナイチンゲール(ならばあの亡霊、亡霊デオンは、観客席から乗り込んだ傍迷惑な客――それを罰するのは、劇場で悠久の時過ごす、灰色の決闘師だけ……!あの亡霊がキャストだとのさばるこの茶番劇を、最後のキャストをもって終わらせる!)
ナイチンゲール「聖杯よ、聖杯のかけらよ……! この愚かなる女の狂えし悲鳴を、願いを聞き届けるなら叶えなさい! 望むのは――最後の演者を――この茶番に終止符を打つ、最後の演者をもう一度、私に会わせて!」
キィィィンッ…
カッ!!
ナイチンゲール「――観客席から来るまで、随分と時間がかかったみたいね」
???「――席から無理やり引きずってきたのはそっちだってのにひでぇ言い草だ。……決闘の常套句、覚えてるか?」
ナイチンゲール「もちろん」
グレイ「――なら、決闘師らしく、決闘の申し立てといこうじゃないの」
マシュ「クッ――はぁ、ハァッ……!」
ぐだ子「こんだけ酷使してももってくれてる限り、さすがマシュだよね……!」
マシュ「私だけじゃありません。デオンさんの奮闘あってこそ、です」
デオン「そういう僕も、大分限界見えてきたけどね……! あそこでほくそ笑んでいるもう一人の僕が大分憎らしく見えてくる程度には疲れてきた……!」
ぐだ子「生意気なウチはまだ大丈夫って言うけどね……魔術礼装を使うにももう少し時間がいるし、ここがボーダー……?」
デオンオルタ「ふふふっ、あと少しの未来で、あなたのうちの誰かに絶望が宿る。それが私にはわかる――悪霊兵士の増加速度はもう一定以上になっている。もう――終わりかしらね?」
デオン「最悪、僕だけ残ってひとまず逃げることも――」
ナイチンゲール「その必要はありません」
ぐだ子「な、ナイチンゲールさん!」
デオンオルタ「へぇ……本業を思い出して、死に損ないのジョン・ホールをおんぶしに行くと思ってたけど、すぐに帰ってくるなんてね。――自殺志願者はお断りなんだけど」
グレイ「――同感だぜ。自殺志願なんて、絶望の死に様が見れずに付き合い損するだけだもんなぁ!!」
デオンオルタ「なっ――お前は――」
ズバァッ!!
デオンオルタ「アアアアアアアア!!?」
ナイチンゲール「あなたは、私の憎む戦争を利用し、悦楽のためにあらゆる死を踏みにじり、私の怒りを買った――」
グレイ「よって、我らの名誉の章典に従い」
ナイチンゲール「あなたに、私を殺害する機会を与えよう」
グレイ「私達は今、ここで君に決闘を申し込む」
ナイチンゲール「私達は今、ここで君に決闘を申し込む!」
マシュ「新手の、サーヴァント……? 反応が少々異なりますが――」
デオン「心配ない、彼は味方だ! そして今ここに勝機を掴んだ!」
ぐだ子「オッケー! これで状況はイーブン以上ってことね!」
グレイ「本当の悪霊になっちまって、ザマァないねこれは」
ナイチンゲール「少々、頭の方に重大な疾患があるようです。遠慮なく治療しましょう」
グレイ「こっちはこっちで悪魔っぷりに磨きがかかってるし……」
ナイチンゲール「……グレイ」
グレイ「あン?」
ナイチンゲール「見たい演劇は、満足に見れましたか?」
グレイ「――おうよ。おかげで待ち合わせにはきっちり間に合いそうだ」
ナイチンゲール「そうですか――では参りましょう」
グレイ「頭は狂っちまったようだが、剣技は狂っちゃあいねぇだろうなぁ!?」
デオン「さしずめ、僕達は決闘の介添人、見届け人といったところか……! ならばこの決闘師デオンが最後まで見届ける!」
マシュ「勝機を掴みます!」
デオンオルタ「ハハッ、ハハハハッ!!」
ガキィンッ キィンッ カァンッ ドドドドドドッ
グレイ「おいおい! 剣をぶつけるたびにこいつ頭が冴えてやがるな! ようやっと気付けになりそうか!」
デオンオルタ「そうだよ、これだ――これが、決闘なんだ……! ああそうだ、僕は君に再戦したくて――そのために来た! 相討ちなんかじゃ満足できるはずがない!! そして見たいんだ、その女の絶望とやらを!!」
グレイ「おいおい、この俺でもそれはできずじまいだったんだぜ? ――貴様ごときにできるはずねぇだろうがぁあああ!!」ガァンッ
デオンオルタ「クアァゥ!!? まだ、まだ剣はこの手にあるううう!!」キィンッ
デオンオルタ「なっ……!? こ、この印章は……!?」
ナイチンゲール「輝く、フランス王家の印章、『白百合』――!」
デオン「――『百合の花咲く豪華絢爛』。決闘に横槍は無粋だろうが、これは僕の、僕の悪霊との戦いでもある。――誇りと共に捨てたその印章、貴様にはよく効くだろう。フロー!!」ヒュンッ
パシィッ
ナイチンゲール「これは、デオンの剣――確かに受け取りました」
グレイ「やれやれ、決闘というより、ちょっとした劇のグランドフィナーレみてぇだ。――剣のご指導はいるかな?」
ナイチンゲール「いいえ、あなたのやり方に任せましょう」
グレイ「そうかい。なら――二人で一撃、だ」
グレイ「アデュー、狂った騎士さん。いい女に切られて騎士としては光栄……だろ?」
ナイチンゲール「終わりです」
ザシュッ!!
ザシュッ!!
ナイチンゲール「――治療完了」
デオンオルタ「ああ、これが、あの日の決着――」スゥゥ…
ナイチンゲール「……」
グレイ「……もっと口うるさくなんか言われると思ったが、思ったより静かじゃねぇか」
ナイチンゲール「……英霊、という枠組みに当てはめられた絵画でしかない私もまた、一種の亡霊といえるでしょう。だからこれは、舞台の上ではなく、すべてが終わった後の舞台裏。……物語でいう、蛇足になってしまう」
グレイ「――オッケイ。愚痴とか色々、向こうの方でじっくり聞いてやるよ。時間が時間だしな」
ナイチンゲール「ええ――また、待ち合わせ通りに。忘れません、あなたの『サムシング・フォー』を、ずっと」
グレイ「……フッ」
「我ら役者は影法師、」
「皆様方のお目がもし、」
「お気に召さずばただ夢を」
「見たと思ってお許しを。」
グレイ「――『夏の夜の夢』 シェイクスピア」スゥゥ…
デオン「そう、あの顔、あの感情もまた、史上の外の話。歴史という絵巻には記録されなかった、真実の顔、そのひとつさ」
ぐだ子「そうだよね……私、勘違いしてたかも。いつものナイチンゲールさんにどうしても人間味を感じ取れなかったと思い込んでた。けどそれは単なる思い込みで――どこまでも人間らしいから、絶対に諦めない、それができたんだね」
ロマン《特異点の是正も確認できたし、今度こそ両手を上げて帰れるぞ! レイシフトの準備も完了だ!》
マシュ「召喚サークル確保完了。先輩方、帰還しましょう」
ぐだ子「うん。――フロー! 帰ろう、私達のカルデアに!」
ナイチンゲール「――ええ。今ある、私の帰るべき場所に
マシュ(あの特異点の事件から一週間が経過しました。その日、あまりにもおとなしくこちらが不安になっていたフローレンス・ナイチンゲールに関してですが――)
ナイチンゲール「再三忠告したはずですが……細菌の温床となる動物を室内に持ち込むなと」
アルトリア(ランサー)「いや、だからこれから降りるとまともに歩けなくて――」
ナイチンゲール「仕方ありません。応急処置として、その馬を『消毒(解体)』しましょう。問題ありません、動物の解体の心得も――」
アルトリア(ランサー)「はしれー風のようにブルズアーイ!!」ヒヒーン
ナイチンゲール「待ちなさい! 廊下を走って細菌を撒き散らすのは禁止です!!」
マシュ(まぁその、はい、案の定元に戻りました。いつも騒がしいカルデアに、今日もまたフローレンスの声がひびきます)
マシュ(ですが、小さいながらも、変化があったのも事実で――)
ナイチンゲール「よろしいですが、帰りのうがい手洗いは徹底して行うように」
ぐだ子「フローって料理うまいんでしょ!? 男のサーヴァントたちに何か振る舞いたいから教えてよ!」
ナイチンゲール「よろしいですが、食材の消毒は徹底的に行ってください。無論味付けに影響の出ない範囲でですが」
マシュ(……まぁ、やっぱりナイチンゲールさんは変わらないです、はい)
マシュ「ところで、ナイチンゲールさんの部屋に飾っているこの奇妙な物体は……?」
ナイチンゲール「……これは、銃弾同士がかち合ったものです。奇跡的な確率によってこのように、形となって残っています」
マシュ「そ、それは確かに奇跡的な確率ですね……」
ナイチンゲール「ええ、すべてが奇跡的でした。――これは、あの鮮烈な日々を忘れないための、私に遺された『サムシング・フォー』ですから」
マシュ(その時の、あの人の顔は――なんだか、女の子、という感じの穏やかな表情でした)
【Fin】
黒博物館『ゴーストアンドレディ』にフローとデオンくんちゃんが
出たからやったという自己満足二次創作でした。
お目汚し失礼、興味が出たら本屋に行くんだ!(再三たる宣伝)
ゴースト&レディもFateも好きだから興奮した
久しぶりにレベルの高いクロスSSを読んだわ
結構面白かったな。
FGOでナイチンゲールの宝具見たとき「フローの生霊じゃないか!」と思ったゴースト&レディ既読者は多いはず